2025年3月4日火曜日

音楽朗読劇「借りた風景」が日本初演されました。
























2025年2月16日広島女学院中学高等学校ゲーンスホールで、音楽朗読劇「借りた風景」が日本初演され、私も朗読で参加させていただきました。戦禍を生き延びた3つの実在する楽器の歴史と記憶の物語りで、朗読と音楽による新しい形の公演会でした。ナレーションとオラトリオを合わせた今回の「ナラトリオ」は音楽朗読劇と訳されました。

被爆80年の広島で「明子さんのピアノ」と呼ばれるガラス片のつき刺さった被爆ピアノが公演に使われ、持ち主であった河本明子さん(被爆翌日19歳で死亡)の母校で公演されたことは誠に意義深いものでした。

公演作品は、ドイツ人脚本家タウフゴルト(故ハイケ・タウフとフロリアン・ゴルトベルク)と

藤倉大さんの作曲による日独コラボ作品です。

作品あらすじは、第二次大戦を生き延びたヴァイオリン、コントラバス、ピアノを広島のコンサートで弾くことになった現代の音楽家(架空)たちが、その楽器の過去や戦争の記憶について語るというもので、3つの楽器のストーリーの語りは交わることなく別々に進行しました。


朗読:女性ヴァイオリニスト(多和田さち子)…

フバイが使用していたヴァイオリンを貸与されたコンサートマスター


フバイが妻となる女性・ローザによってストラディヴァリウスを手に入れた過程、戦火を逃れて隠されたストラディヴァリウスが戻ってきた過程などを語る。「自分たちが楽器を選ぶのではなく、楽器から選ばれている。私と楽器は互いに一時的な貸与関係にある」。「日本寺院の「借景」が境界の向こうにあるものを取り込むように、私は「庭園」であり、ヴァイオリンは地平線に切り立つ山。山が私をどこまでも広げてくれる」。


朗読:男性コントラバス奏者エリ(日髙徹郎)…父親が元演奏家でポーランドからパレスチナ地域に移住


父親はナチスから家族を守るため芸術家であることを捨て、漁師の資格を得てポーランドからイスラエルに移住。親族の多くがアウシュビッツに送られた。

父親は演奏家としての話はしなくなり、息子がイスラエルフィルのソロ奏者になっても演奏を聴きにくることはなかった。しかし、息子が小さかったころ「楽器は言葉以上の言語を与えてくれて、人間の感覚を過去や未来へと広げてくれる。楽器からの信頼を得なければならない」と教えてくれた。

エリは仲買人がポーランドから安く仕入れた「がらくた」同然のコントラバスになぜか魅せられ、困難な修繕を果たす。修繕した楽器と「不思議なカップル」となって、楽器の生命力や意志を感じ、演奏する幸せを取りもどす。


朗読:女性ピアニスト(西名みずほ)…日本人の両親のもとカリフォルニアで生まれた日系アメリカ人


音楽の価値のわからない観客に嫌気がさして一時は演奏をあきらめていたが、広島で「明子のピアノ」を演奏しないかとオファーが届き、出演を決める。なぜか、幼いころから「白い光、閃光、太陽が頭に落ちてきたかのような明るさ、爆風…」という悪夢を見ていた。そして偶然、「明子のピアノ」に引き寄せられた。早めに広島に入り、平和記念資料館で明子の日記と出会う。明子と同化する時間を多く体験する。



朗読進行(大山大輔)…CHORUS、楽器製作者アーロン、老守衛ディミトリ、兵士などを演じた。


ヴァイオリン:北田千尋(広島交響楽団コンサートマスター)


コントラバス:エディクソン・ルイス(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)


ピアノ:小菅優


脚本:タウフゴルト


日本語台本:中村真人


音楽:藤倉大


撮影:中奥岳生


実在する3つの楽器について

①フバイ(J.Hubay)のヴァイオリン

1726年製ストラディヴァリウス。ハンガリー出身の名ヴァイオリニスト、イェネー・フバイ(1858-1937年)が使用していた。フバイはブダペストに建てた「宮殿」の中に「白の音楽サロン」を作り、1920 年から1937年まで「午後のコンサー ト」を開いてホストを務めた。著名な演奏家が多数出演し、文化人や政治家が集った。フバイの死後、ヨーロッパに戦火が広まり、ストラディヴァリウスはフバイの宮殿地下に隠された。


②エリ・マゲン(イスラエル・フィル元団員)のコントラバス

第二次世界大戦の開戦直前、ユダヤ人であるエリの一家はナチスの迫害から逃れるためポーランドからパレスチナ地域に移住した。エリの父が船乗りの資格を手に入れて、パレスチナ地域への移住が認められた。戦後に生まれたエリはコントラバス奏者となり、後にポーランドの仲買人から壊れたコントラバスを買った。


③明子さんの被爆ピアノ

1926 年アメリカ・ボールドウィン社製。アメリカ、ロサンゼルスで生まれた河本明子さんが愛用し、1933年一家と共に広島へ。1945年8月6日、明子さんは広島への原爆投下で被爆し、翌7日に19 歳で亡くなった。ピアノは爆風により多くのガラス破片で傷ついたが、調律師・坂井原 浩さんによって修繕された。現在は(一社)HOPEプロジェクトが管理し、平和公園のレストハウスに置かれている。


借りた風景"Borrowed Landscape" 公演について

2022年にドイッチュランドフンクがドイツ語版をラジオ初演。

2023年にニューヨークのイサム・ノグチ美術館で英語版上演。

2024年にワシントンDCのスミソニアン国立アジア美術館で英語版上演。

2025年に日本語版を広島ゲーンスホールで初演。